日記
2022年03月22日
佐藤忠男さん 3月17日死去、91歳
映画評論家の佐藤忠男さんが、胆のうがんのために3月17日亡くなられた、91歳。
多くの貴重な映画評論や研究論文を発表され、日本映画大学名誉学長も務められた。
宝田明さんに続いての訃報で、ショックも大きい。
ご冥福をお祈りいたします。
業績等に関しては下記参照してください。
https://www.eiga.ac.jp/news/20220321.html
多くの貴重な映画評論や研究論文を発表され、日本映画大学名誉学長も務められた。
宝田明さんに続いての訃報で、ショックも大きい。
ご冥福をお祈りいたします。
業績等に関しては下記参照してください。
https://www.eiga.ac.jp/news/20220321.html
toyo2012sa at 10:35|Permalink│Comments(0)
2022年03月18日
宝田明さん 3月14日に逝去、87歳
宝田明さんが3月14日、肺炎のために87歳で逝去された。
宝田明さんから電話をいただいたのは、3、4年ほど前だったと記憶している。
「台湾へは行きたいと思っています。行くのだったら講演もして、映画『ゴジラ』も持っていって上映もしたい。また、旧知の知人とも会いたいが舞台の予定が入っていて・・・」とのことであった。
台湾行の希望が実現しないまま亡くなり、残念でならない。
ご冥福をお祈りいたします。
toyo2012sa at 11:05|Permalink│Comments(0)
2022年02月09日
数年ぶりに会った伊藤さん
毎日、畝傍山の散歩に行くが、ずっと気になっている人がいた。
近所に住む人にも以前聞いたが、「最近まったくみませんね」とのことであった。
伊藤さんである。
伊藤さんは芸術家であり、芸大の先生もしていて博学である。
橿原神宮の池にあるベンチに座って、よく話した仲である。
時折、「神仏に祈らないで往生したいなぁ」と言っていた。
もう、四・五年会っていない。
散歩の帰りに、今日バッタリ出会った。
スーパーから出てきたお爺さんが、私の方にトボトボと歩いてきた。
長い白ヒゲで帽子をかぶっている。以前は後ろの髪を長く伸ばしてチョンマゲのように結んでいた。が、それは見えなかった。
「伊藤さんですね」
と手を振りながら近づいていくと、彼も私がわかったらしく
「久しぶり」
と手を振って声をかけてくれた。
川瀬「長いことあっていなくて心配していました」
伊藤「あまり元気はないが・・・」
川瀬「85歳ぐらいでしたかね」
伊藤「88歳、もうすぐ89ですわ」
川瀬「どこの帰り・・・」
伊藤「スーパーで、これを買って来てん」
と左手にさげた小さなビニール袋を見せてくれた。
川瀬「もうそないなりはりますか。元気でよかった。安心しました」
と言うと、
伊藤「もう、あきませんは・・・」
川瀬「お見受けしたところ、100歳くらいまで大丈夫ですよ」
というような会話をかわして別れた。
別れてすぐに、彼の名前がまったく出てこないのに気が付いた。
何人かの名前を順次言ってみたが、まったく出てこない。
ぼけてしまったかといろいろ名前を考えていったら、5分ほどして「そうやそうや伊藤さんや」と気が付いた。心から元気にされていて良かったと感動したからか、頭のなかが空白になってしまった・・・
toyo2012sa at 17:27|Permalink│Comments(0)
2021年01月01日
2021年 謹賀新年
2021年 謹賀新年
昨年は武漢肺炎に始まり、新型肺炎て終わる一年でした。
お陰さまで、毎日、久米寺・橿原神宮・畝傍山の散歩を続けることができました。
元旦は、例年通り家で過ごし、明日から、また散歩を続けたいと思っています。
川瀬健一
昨年は武漢肺炎に始まり、新型肺炎て終わる一年でした。
お陰さまで、毎日、久米寺・橿原神宮・畝傍山の散歩を続けることができました。
元旦は、例年通り家で過ごし、明日から、また散歩を続けたいと思っています。
toyo2012sa at 16:55|Permalink│Comments(0)